みちのえみこ

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仮面心理学は心の国境をはずすスイッチ

「こう言われたんだけど、どういう意味なんだろ?」「こうすればいい、って言われたとおりにしたつもりだけど、なんかわけわかんない」「普通はこうするのに、なんであの人はこうしちゃうんだろう」「こんなこと言われて、すごくくやしくて泣いちゃった」……まわりで起きる、ちょっとしたすれ違いや、イライラ。時々聞く、悩み。なんか通じ合わない、かみ合わない、つまんないことで雰囲気悪くなる。私は、子どもの時から空想少女だったせいか、小説や物語を書いたりしてたせいなのか、自分自身がその渦中にいる時でも、第三者が舞台裏からステージを見ているように客観的にそのシーンを眺めてしまうクセがあります。そして、みんなのイライラとか、ケンカとかが嫌いなせいなのか。親とか、友達や同僚の間で、なんか間に入って相談を聞いたり通訳に入ることが多いんですけど。私から見ると、「あの人はこっちから物を見てこう言っている」「この人はあのことを言っている」と見えることが、当人同士にはなぜ見えないんだろう。英語でもフランス語でもなく、同じ「日本語」という言語で会話しているのにすれ違う人たち。なぜ理解し合えないのか。以前は、「互いにわかり合おうとしてないから」だと思ってました。「わかり合う努力が足りない」という、ちょっと昭和な根性論で考えてました。でも、実はそうではない、ということが、仮面心理学を知ってから私が気付いたことです。わかり合おうとしなくても、いいんです。相手と自分は違う、ということが、認識できればいい。むしろ、わかり合う必要はない。生まれ育った環境が同じ兄弟だって、長い時間を一緒に過ごした夫婦だって、感じることも考えることも表現の仕方も違う。それなのに、「わかり合う」なんて、どれだけ難しいことか。人は、一人一人、感じ方も考え方も、表現の方法も違う。さらに。家族といる時の私。学生の時の友人たちといる時の私。高校時代の友人たちといる時の私。仕事している時の私。彼と私。あの人と私。一緒にいる人に合わせて、いろんな役割、いろんな顔をしている。こんなふうに、同じ人間でも場によって変わる。それを理解しよう、なんていうことに、無理があったのでした。相手の思うことを理解しなくてもよくて、「私とあの人は違う」ということを知っておけばいい。仮面心理学を知ることは、自分と人が違うことを知ること。「普通」というのが、実は自分と人では違うということ。人のことを自分の思うように動かそうとすることはできない、ということ。逆に言えば、人が思っている「普通」は自分とは違う。自分のことは人がコントロールすることはできない。そういうこと。違う、ってわかれば、もうちょっと丁寧に伝えようと、思える。違う、ってわかれば、ホントは何を伝えようとしてるのか、確認してみよう、という気になれる。違う、ってわかれば、あなたはそうかもしれないけど、私は違うよ、と言葉で伝えることもできる。違うとわかることが、理由がわからないことから生じるもやもややイライラを解消してくれることがある。私自身が、仮面心理学を知ることで、よりおだやかに、よりニュートラルにいられるようになりました。誰かの言葉や何かの出来事でイラッとしたり、もやもやすることがあった時、「なんだ、そういうことか……」「悪気があってしたことじゃなかったな」ということをあとで考えて、自分を納得させることができる。何かの違和感が「わからないまま」になることがもやもやするんだなあ、ということがわかった。そうそう。人と私は違う人間なんだった。……ということを思い出させてくれるきっかけとなったのが、仮面心理学でした。みんな違うから、私たちは人それぞれ、それぞれの使命や人生を選んで生きていく。そりゃあ人の数だけいろんな物語があるわけです。一つとして同じであるはずがありません。これでいいのだ。(と、いきなりバカボンのパパの名言。)みんながそうやって、「自分と人は違う」っていう、シンプルだけど奥深いことをまともに考えられたら、世の中おだやかなもんだと思うんだよね。心の平和はそうやって保たれるはずなのだ。人と人の違いを考慮せず、自分の思うことを強引に押し付けようとすることや、どうせわかるはずがない、と思い込むことが、世の中のいさかいや争いや勘違いや誤解の元なんだと、私は思います。十人十色、という言葉がありながらも、「人と自分は違う」ということをついつい忘れてしまいがちな私たち。私にとって仮面心理学は、そのことを思い出すスイッチになっている気がします。今まで、そこしか見えないと思い込んでちっちゃいメガネのフレームにおさまる範囲しか見てなかったのが、メガネをはずして目で見える範囲すべてを見るようになった、って感じかなあ。見える世界が広くなりました。たぶんね。うん。広げ過ぎて、意味のわからない文章になりましたが、仮面心理学はそうやって私の中の国境をはずしてくれて、心の平和を保ってくれるものです、って言いたいだけです。笑【仮面心理学的★あの人と私の関係解読】メルマガ登録はコチラhttp://www.reservestock.jp/subscribe/46484 

自動的に姿勢がよくな​るコツ

時々、姿勢調整師の私たちは、 「こういう体勢で本読んでませんか?」とか、 「よく頬杖ついてませんか?」とか、お客様のしているであろう体の使い方を言い当てることがあります。 体には、クセがつくんです。 髪の毛の寝癖や、 服のシワや、 靴の減り具合とおんなじ。 日々の使い方によって、 体にもいろんな変化が起きます。だから、姿勢を見て、 体の使い方が推測できるわけなんです。……ということは。 自動的に いい姿勢になることも可能、ということです。 普通は体に悪いクセを つけてしまうケースが多いんですが、よい方向にクセを つけられるように気を付けることもできる。ということ。ちょっと考えてみてください。 会社で机に向かうことが多い、あなた。 電話をよくとる。 左手で受話器をとって、 右手でメモをとる。……それなのに、 電話が右奥に置いてあったりしませんか? 左側に置いてあったら、もうちょっと楽じゃありませんか?パソコンのモニターが、 自分の目線よりずっと下にある、というあなた。そのモニター、スタンドの下に鍋敷きでも敷いて、 少し高めにしてみたら、 見やすくありませんか? 机の下に物がおいてあって、 自然に足を組んでよけている、というあなた。 置いてあるものを片付けてみたら、 足を組まなくてすむのでは ありませんか? 立って作業するのに作業台が身長に合ってなくて やたらに腰をかがめて作業して腰が痛くなるのなら、 高さを変える工夫はできませんか? 物を置いている位置。 高さ。 使う時の方向。 使いやすい置き方。それ、自然に体が使えるように見直して工夫してみたら、もっと楽に動けて、 楽にお仕事できるのではないですか? 楽に過ごせるのではないですか?そう。イイ姿勢になりたい人は、 体に負担をかける無理な使い方をしないこと、そうしないで済むように工夫すること、がコツなんです。 一日一日の積み重ねで、 体は自然に楽できれいにもなれれば、つらくて悪い姿勢になることもできます。どうせなら、 楽な方がいいですよね! 物の置く位置、 方向、高さ、 使いやすさ。 是非一度、 見直してみてください。☆イベントのお申し込みはこちらからどうぞ脱・猫背塾★カラダの使い方の基本を学ぶ @恵比寿  ⇒ http://www.reservestock.jp/events/107215/「ニート筋にさよなら!」姿勢美人のダイエット講座  ⇒ http://www.reservestock.jp/events/107208/メイクアップアーティストに教わる「1ポイント・ランクアップ・メイクレッスン」  ⇒ http://www.reservestock.jp/events/107209/姿勢の専門家 【姿勢調整師 入門】 よい姿勢で健康美人★ ⇒ http://www.reservestock.jp/events/107205/もっと★姿勢美人『姿勢でより美しく・元気に・楽しい今』メルマガhttp://www.reservestock.jp/subscribe/36026

「知る」という特効薬

昨日は、姿勢と体のお話を、小1の女の子とお母さん、中学生の女の子にさせていただきました。子どもたち自身にも体の疑問や不安があります。お医者さんや誰かから自分がなるかもしれない病気の名前を聞いたり、ふと、鏡で見たり、指で触った場所が「なんでこんなふうになってるんだろう?」と気になりだすと、大人だって不安になるんだから、子どもだっておんなじです。でも、それがどんな病気なのか、なぜなってしまうのか、体のつくりやしくみや理屈をきちんと知ってみると、こわくない。「なんだー、そういうことなんだ」「悪くならないように防ぐことができるんだ」そう思えるように自分の頭で理解することが、ダイジ。側弯症もね、悪くなるととても怖い病気だけど、そうなる前に見つけること、見つけたら必要な対処を早めにすること、がきちんとできたら、ひどくなるのを防ぐことができる。視力が落ちたり、頭痛がしたり、お腹痛くなる原因は、ストレスとか病気とかのこともあるけど、姿勢が原因ということもある、と知っていたら、自分で気を付けられることもある。「知る」ってホントに、すごい特効薬になること、あるなあ、とふと思ったりしました。不安そうな顔がニコニコに変わるのは、大人でも子供でも、うれしいことです。姿勢の専門家に、気になる体のことを聞く会については、お問合せ・ご予約ください。姿勢専科・KCSセンター恵比寿03-6755-5823姿勢専科・KCSセンター豪徳寺03-6310-3570

台湾の地震の報道から思うこと

最近東京でも何度か久しぶりに地震が起きたけど、台湾でもすごく大きな地震が起きた。テレビやインターネットのニュースで、私が気になっていたのは、被害の数というより、倒れているビルの映像や画像が、いつも同じビルであったこと。以前の仕事で、台湾の人たちと一緒に仕事をした。出張した時にもとてもよくしてもらって、仕事の中でもいつも助けてくれて、本当に気持ちの良い人たちだった。出張で見た台湾の街もとても好きだった。ごはんも私の口に合って、どれもおいしかった。だから、もちろん、台湾で起きた地震が気にならないわけじゃない。東日本大震災が起きた時には真っ先に私たちのことを心配してくれた台湾人の友人たちのことが私も気になった。私の知っている友人たちは台北にいる。こういう時は、どこで起きたのかを確認して、そこでの被害でないのなら様子を見た方がいい、と思った。だから、台南で起きた地震で、台北の被害を聞かないから、たぶん大丈夫なのだと思う。以前から思うんだけど、報道って、意外と客観性に欠ける、と思うことがある。一市民として報道の映像や画像、写真を見る時、絶対気を付けた方がいいのは、同じ角度や一部のシーンしかない時は、それ以外の場所には問題がないかもしれない、ということ。範囲とか、大きさの客観性が視覚からの情報によってごまかされることがある、ということ。ずっと昔(たぶんバブルの頃?)、実家のある街の駅前の高層マンションの販売をテレビで宣伝されているのを見たことがある。その時、地元の駅や街がどれほどリッパに、どれほどその高層マンションが素敵に、とっても広く紹介されていたか、を見て、「映像はウソをつける」ということを知った。オオゴトじゃないとニュースとしてインパクトがない、というのはわかる。でも、こういうニュースは、正しく、より客観的に伝えるべきじゃないかと思う。もちろん、亡くなった方々の冥福を祈るし、こうしたことが身近な国で起きたことはショックだけれど、本当のことを見極めたり、先のことを考えることも大切だと思う。東日本大震災の時に、台湾の人たちが日本にしてくれたこともありがたいと思う。でも、そこで大事なのは募金をすることだけじゃない。今、台湾に住んでいる日本人の男性が書いた、この文章が、まさにホントのところだと思う。日本人のみなさんへ。台南地震へ募金なんかするより、台南人がもっと喜ぶ応援方法を台南在住のぼくは伝えたい http://maeharakazuhiro.com/taiwan-earthquake-message/日本人だって、覚えているはず。東日本大震災が起きて、原子力発電所の問題があって、日本から外国人たちが一斉に海外に脱出し、観光客が減ったことを。放射能の問題で東北の農作物が売れなくなったことを。そして、被害に合ってない人たちまでが自粛といって経済活動をむやみに控えてしまい、日本経済がさらに低迷したこと。こういう時に一番大きいのは、未来の経済被害であって、今、消費をやめてしまうことや無意味に行動を控えること。もし、被害が一部だけのことであれば、地震活動がおさまっているのであれば、台湾への旅行を自粛したり、控えたり、ということをしないこと。台湾がどんなに素敵な国なのかを知っている人たちが声を上げること。そういうのも、復旧支援のカタチだと思う。